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37.ニライカナイ/27.てのひらの宇宙

ちかちかっ
一秒だけ眩んだ目。ゆっくりと瞬きをする。晴れた日は家々の壁に塗られた漆喰が白く輝いて、視界を眩しくさせる。強い日差しで、この島は何もかもが少し日焼けしたような色に見える。道路に落ちる影。ゆるやかな風に、道端に咲くでいごの花が揺れている。
隣のニシロはシャボン玉を吹いている。ふーっと細かなものをたくさん作ってみたり、用心深く大きなものを作ってみたり。気まぐれなシャボン玉がゆるゆるとあちこちに散らばっては、ぱちん、消えていく。シャボン液はくるくる回って球を作る。虹色が動いていく。雲一つない空は水色の画用紙を貼り付けたみたいで、それを背景にして屋根の上のシーサーはどこか眠たげに見えた。ぱちん。シーサーの横でシャボンが弾ける。この島には屋根や門などあちこちにシーサーがいるけれど、それぞれ全然顔や形が違う。ニシロの家のシーサーが好きだった。開いた口がどこか間抜けでかわいい。
どこかの家から三線の音が聞こえてきている。だけどそれも調子外れで。「でいごの花が咲き…♪」というところまではいいのだけれどその後が思い出せないのか、間違えるのか、そこを繰り返してばかりいる。こうして縁側に座って日を浴びていると、石になってしまいそうだ、眠たくなってきた。「貸して」とニシロに言うと、ニシロはストローをくわえたままちらっとこちらを見た。
「やだ」
「なんで」
ニシロは答えない。知らんぷりでシャボン玉を吹いている。いま、三つ球がくっついたやつが出来たけどすぐ割れてしまった。
「ケチ」
口を尖らせて足を振ると、ニシロは唇の端でふっと笑う。あ、その顔。好きだな、と思う。
髪を撫でる風は生温かく、微かに塩の香りがする。海が近いのだ。ちょっと歩けばすぐだ。
「ニライカナイ、って、知ってる?」
唐突にそんな話を始めてみた。もちろん知ってるとニシロは答える。有名な話だ。海の向こうにあるという、神さまの国。死んだ人もそこへ行くという。
「どんなところだと思う?」
私はきっときれいなところだと思う。それはそれはきれいな空と海があって、色とりどりの花が咲いている。この島と同じ? いや、もっと。もっときれいなんだ。この島にはどうしたって干された洗濯物とか犬のうんちとか、にじみ出る生活感があるけれど、そんなものなどないんだ。神さまの国なのだから。こんな調子外れじゃない、美しい音楽だって流れているに違いない。
「うん、きれいなところだよ」
ニシロはそんなことを言う。まるで行ったことがあるみたい。顔をしかめてみせると、ニシロは口からストローを離してまっすぐ私を見た。思ったより素早い動きだったので、どきりとする。
「おれはそこから来たんだ」
力が抜ける。うそに決まってる。ニシロは伊江島から越してきたんだってことを私は知っている。海の向こうには違いないが。マンガちっくにガクッと肩を落としてずっこけてみせると、「ほんとうだぜ」とニシロはちょっとムキになる。 はいはいと言っておく。するとニシロはぐいと顔を近付けてきた。島人らしい、彫の深い鼻と色の濃い肌。ちかちかっ。また、目が眩む。
「証拠を見せてやる」
ニシロが囁く。ニシロは私の目の前で、握った拳をゆっくりと開いてみせた。
「なにこれ…」
掌の真ん中に穴が空いている。いや、穴じゃない。黒くて丸い「何か」が、乗っている。顔をよく近付けて見てみると、黒い球の中にきらきら光るものがある。穏やかな速度でそれは、動いている。回っている。シャボン玉の液みたく。地球が回るみたいに。
星、だと思った。夜空に光る、それ。白いものや青く輝くもの、赤いもの。それが幾つも集まった、銀河みたいなものも見える。小さなプラネタリウムが、ニシロの手の中にある。触れようと手を伸ばしてみた。だけどどうやっても、触れない。見えている位置的には確かに触れているはずなのに、全く指に感触が伝わってこない。すり抜けている。
「手品?」
尋ねてみると、ニシロはまた私の好きな笑い方をした。
「神さまの魔法だよ」
似合わないロマンチックな台詞を吐いてニシロは小さな宇宙を拳で包み込む。指の間に星たちが消える。
次に掌を開いたとき、そこには何もなくなっていた。なんの変哲もない、色黒の男の子の手があるだけ。さんざん調べて弄くり回してみたけれど何もない。不思議と宇宙は消えてしまっていた。
いつの間にか三線の音が、止んでいる。シャボン液なくなったあ、と自称神さまは呑気に手足を広げた。

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7.優しい竜/11.メメント・モリ

妹を竜に殺された。復讐を誓って剣を取る。
村のみんなは止めた。だけどそんな言葉、僕の耳には届かない。僕の耳が聞くのは、あの竜の断末魔だけ。
妹を殺した竜は村からさほど離れていない祠にいる。人殺しの竜がすぐ側にいるというのになんの行動も起こさない村の連中の頭を疑う。
用心深く祠の中へと足を踏み入れる。引きずる剣の切っ先が、岩に擦れて鈍い音を鳴らす。湿った空気が肌に纏わりついた。松明の明かりが僕の横顔を照らし出す。恐らく、死神のような顔つきだったろうと思う。
祠の奥の祭壇に、竜は悠然と待ち構えていた。ごくりと喉が鳴る。大きい。見上げると、七、八メートルはあるだろう。翼を広げればさらに大きいかもしれない。全身、漆を塗ったように、黒い。つやめく黒い鱗。水分豊かな、青い瞳が、静かに僕を見る。
「復讐か?」
黒い竜が語りかけてくる。口は動いていない。脳に直接響かせてきている。僕は固く頷いた。
妹は食い殺されたのだ。こんなに残酷なことがあるだろうか。その場に残されていたのは血痕と、妹の片腕だけ。片腕。肩から先の無い、か弱い妹の腕。何度も頬ずりした。まだ家にある。埋めろと言われたけれど、そんなことは出来ない。何度も撫でて、物言わぬその冷たさに涙を零した。
竜は動かない。動かなくても僕など一思いに殺せると思っているのか、潔く審判の時を待っているのか。どちらでも良い。僕のやることは一つだ。扱い慣れない剣を正眼に構え、僕は竜へと突進した。
ザクリ、
肉を切る確かな感触に身震いした。鱗を縫って、剣が竜の首へと食い込んでいる。嘘かと思うほど、あっさり。竜自身が、刃を、引き寄せたように。
流れる血は、青い。瞳と同じ真っ青な血液が吹きあげて、足元に血溜まりを作る。竜はやはり動かない。このまま力尽くで喉をかっ切ってやろうと思う。だけど、その前に。
「一つだけ、確認したいことがある」
苦しそうに息を吐き出していた竜が、目だけを動かして僕を見る。
「妹が、お前に、恋をしていた、というのは、村の連中の嘘だよな?」
しばらく沈黙があった。竜は音もなく瞬きをする。
「ああ」
黒い竜はそう言った。そんなことが起こるはずがないと。
「じゃあ、これも嘘だよな?」
妹は殺されたがっていた、というのも---。
ああ嘘だと竜は答える。私が食いたくて食ったのだ、と。少しも揺れない声色で。
そうかと僕は言う。自分でも驚くほど空虚な声だった。僕は剣の柄を強く握る。強く握ったつもりなのに、全然力が入らない。震えが止まらない。
村の守り神に恋をすること。
叶わぬ恋。
好いた者に殺されるということ。血肉になるということ。
死ぬ、ということ。
僕には分からない。何も。何も---。

僕は自分が泣いていることに気が付いた。竜は最後まで、爪先一つ、動かなかった。

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2.空色の少年/12.可愛いユーレイ

パパとママはいない。交通事故で死んじゃった。ありがち。それでその事故で、私も怪我をしたの。なんとか助かったんだけど、足が動かなくなっちゃった。車椅子生活。これもありがち。親戚のおじさんおばさんみんな、私のことを面倒くさがって引き取ってくれなかった。面倒くさいよね、分かるわ。自分の子供でもないのに、いちいち車椅子を押したりしなきゃならないなんて。だから私、いいよって言ったの。一人でいいよって。でもそれは可哀想って思ったのかな。みんなお手伝いさんとか雇ってくれて。お金があったのよね、きっと。遺産ね。それで一人で屋敷に住んでたんだけど、ある日病気になって。でもね、病院に行くのはもう死んでも嫌だったの。家で我慢してたわ。そしたらうっかり、死んじゃった。ほんとに。ありがちよね。もうね、カワイソーとか、いいの。もう何年も前のことだし。でもなんでか、成仏できずに、未だに私、この家にいるの。管理する人がいないから荒れ放題。誰もいないから暗いし、蜘蛛の巣はっちゃって、カーテン絨毯破れて、窓も気付けば割れてるし。お庭は草ボーボー、立派だった門も開け閉めすると悲鳴みたいな音立てて軋むわ。近所の子供が肝試しに来てたっけ。なんにも出ないし私だってなんにもしてないのにワーワー騒いで帰ってったわ。失礼しちゃう。
私いつも、自分のだった部屋の窓辺にいるの。立てないから座ってる。外見てるわ。たまーに歩いてる人と目が合うの。いるのよね、「見える」人って、ごくたまに。びっくりした顔で目をこすったり、青い顔したり、慣れてるのかまたかって嫌な顔して去って行く。退屈だわ、誰も私に構ってくれない。早く成仏すればパパとママに会えるのかな。もう顔もろくに思い出せないんだけど、優しくしてくれるかしら。ああなんで成仏できないのかな。好きな人も友達もいなかったのに。未練といえばそうね、それかな。恋くらいしてみたかったわ。道行くカップル、何人も見てきたけど、みんなとても楽しそうなんだもの。

ある日変な子を見たわ。いつものように外見てたんだけど。目の前をすっと横切ったの。変でしょ、ここ2階だもの。そう、男の子。いたってフツーの。トコトコ歩いてた。空の上を。そうとしか言いようがない、全くの空中をフツーに歩いてたの。私と同じ、ユーレイ? よく分かんないけど。人間ではないかな。私のこと見えるかなって思って声かけた。
「ねえ、」
その子はこっちを振り向いた。やっぱし。
「なに? ぼく急いでるんだけど」
その子はそんな風に言う。こんな可愛い女の子が話しかけてきてるのにそんな言い方ってないじゃない? 私は不機嫌そうに顔をしかめたわ。
「あんた誰? なんで空を歩けるの?」
ユーレイ? と、聞いてみた。そうだよと答えてくれるのを期待したかもしれない。だけどその子は「似たようなモンかな」と曖昧な返事を寄こした。
「君はユーレイだね」
「そうよ。悪い?」
ちょっと喧嘩越しに答えるけど、その子は気にも留めない様子で、空中から話しかけてくる。浮いてるわけではないらしい。足元はしっかりしている。
「なにしてんの?」
「外見てる」
「楽しい?」
「ぜんぜん」
「だと思った」
皺寄ってるもん。その子は笑って額を指差してみせる。私は恥ずかしくなって、急いで自分の眉間を隠した。
「はやくパパとママに会いたい」
おでこを隠したまま、思わずそんなことを口走ってしまったことに私自身がびっくりする。そんなに会いたがってるなんて思ってもみなかった。私が。
「会いに行けばいいじゃない」
その子はなんでもなさそうに言う。
この上、とその指が遥か上空を指差す。天国だもん。
「歩いてけばいい」
こんな風に。その子は軽い足取りで空中を上がったり下りたりしてみせた。見えない階段があるみたい。私は目を見開く。
「…それ、私にもできる?」
そっと囁くと、できるさと案外大きな声で返事をされた。元気の出る、背中を押すような声だった。
「でも…むりだわ」
「どうして?」
「だって私歩けないんだもん。車椅子で天国まで、行けないでしょ」
私は自分の足を見下ろす。ユーレイになって、透明になっても変わらず動かないこの足。役立たずの細い足首。
「歩けるよ!」
びっくりして私は顔を上げた。さっきより大きな声だった、不意に大声を出す子なのね。その子はおかしそうな顔をしていたわ。
「だって君、ユーレイなんだよ? カンケーないよ! 歩けないって思ってるだけだよ」
やってごらんとその子が言うので私は恐る恐る立ってみようとした。腕に力を入れる。足の裏を床につけようとするけど、感覚がないように思うのでうまくできない。気付くとその子が窓辺まで近付いてきていた。ガラスのなくなった窓の、窓枠に降り立って、私に向かって手を伸ばす。あ、と思った。晴れた光が逆光になって、その子の肩から漏れ出す。王子様みたい、と思って。その手を取る。すると魔法みたいに簡単に、立てた。何年ぶりだろう。ふわっ、と浮き上がるような感触だった。
「ほらね!」
その子が笑う。なんて素敵な笑顔なんだろう。空色。そう、空の色みたいな顔で笑うのね。釣られて私も笑ったわ。笑いながら二人で、天国への階段を登って行ったの。空中を歩くのは、風が気持ちよくって、とっても楽しかった。生きてるときより、ずっと楽しかったわ!

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2.空色の少年/8.きらきら

小さい頃、神様を見たことがある。誰も信じてはくれないが、確かにあれは神様だった。

空が好きな子供だった。青色が好きなのかなんなのか分からないが、いつも空ばかり見上げては転ぶので母親にはよく怒られた。雲の形、いつも違う。わたあめみたいな雲。羊みたいに小さくたくさん泳ぐ雲。青い画用紙に白をつけた筆で、シュッと描いたような雲。あれがなんに見えるか、なんの形なのか考えるのも好きだったし、もくもくと厚い雲の向こうには何があるのか想像するのも楽しかった。風に流されて雲は動く。青の濃さだって、毎日違う。いつまでだって飽きずに見ていられた。どうしてみんなが空を見ないのか不思議でしょうがなかった。どうして下を向いて、忙しそうに早足で歩いているのか分からなくて、なんとなく、ああいう大人になりたくないなあということを思っていた。

ある日のこと。いつものように空を見ていると、不意にきらきらしている一角があることに気付いた。いつからだろう、一瞬前にはなかった気がする。目をこすってみたけれど、確かに空の一部が、きらきら輝いている。上空の彼方から、きらきらが、下りてきていると言った方が正しいか。ずうっと見上げてみてもきらきらの始まりは見つけられない。だけど終点は見つけられそうだ、地面まで下りてきている。私は走ってきらきらを目指した。何故走ったのか、そのきらきらはいつか消えてしまうものなんじゃないかという予感があったのだ。
なんでもない、見慣れた街の一角だった。空き地らしい。フェンスで立ち入りが禁じられてる。私は緑のフェンスを掴んで、きらきらをじっと見つめた。胸を押さえるとドキドキしている。いつもの光景なのに、何故だか、いつもと違う空気を感じる。空から下りてきたきらきらは辺りに清潔な空気を振り撒きながら、静かに雑草の影に消えている。きらきら、きらきら。揺れる光の束は細く、梯子みたく風に揺らいでいた。
あっ、と私は声を上げそうになった。フェンスの向こう。きらきらの隣に、人が立っている。いつの間に? 全然分からない。目を逸らしたつもりはないのに。
それは少年だった。私とそう変わらないか、少し上くらいの。キャスケットを被ってサスペンダーをして、ブーツを履いている。ちょっと外国の子みたいな格好だけど、普通の男の子だった。少年はきらきらを見上げている。私には気付いていないのだろうか。ドキドキが収まらない。見てはいけないものなのでは? という思いがよぎったけれど、もう目を離すことなんて出来なかった。少年が動く。きらきらに触れる。少年はきらきらを登り始めた。手を伸ばして掴み、足を引っ掛けて。トンッ、トンッ。するする、軽快な動きで登っていく。少年の体重を乗せてきらきらが揺れる。やっぱり梯子だったんだ。私は見上げる。今日の空は雲一つない、まっさらな、青。ふと私は瞬きをした。また目をこすってみる。少年の靴が青色になっている。さっきまで何色だったか、覚えてないけれど、少なくともあんな目の覚めるような青じゃなかったはずだ。空と全く同じ色だから、まるで足だけ空に溶けて同化してしまったように見える。あれっ、帽子もそうだ。あれあれっ、と見てる間に服も青色になり、飛び出た腕や足までも空に溶けてしまった。ふっ、となんの音もなく、少年の全身が青になって見えなくなってしまう。もうどこらへんを登っているのか分からない。そのうち、きらきらもすーっと夢のように消えてしまった。
---神様だ。
私の心にそんな言葉が自然と湧き出る。
神様を見た。
押さえた胸はもうドキドキしない。代わりに、なんだかあたたかかったことをよく覚えている。もう少年もきらきらも消えた青い青い空を、日が暮れるまでいつまでも見つめていた。

あれは確かに神様だったと、俯いて早足で歩く大人になってしまった今でも、そう思う。

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2.空色の少年/7.優しい竜

靴は空色。晴れた春の空の、すっきりした薄い青。厚い靴底も胴に描かれた星の印も、きちっと結んだ靴紐も、全部空色。その靴先を宙に向ける。トンッ。確かな感触。トンッ、トンッ。軽々と少年は空へ昇っていく。まるで見えない階段があるみたい。風が雲を吹き飛ばしていく。少年は片手で帽子を抑えた。キャスケットは空色。半袖から覗く細い元気な腕も、膝小僧も、するする空を歩いていくうち背景に溶けていくように空色になっていく。少年は空色の歯を見せて笑った。

空を旅する少年はある日、変な音を聞いた。ぐるう、ぐるう、ぐずぐず。なんだろう。竜巻みたいな。小麦粉を挽くときみたいな。それを何十倍も大きくしたような、奇妙な音。少年は眼下を見下ろした。足元を飛ぶ渡り鳥たちもびっくりして落っこちそうになっている。変な音は洞穴から聞こえて来ているようだった。
ぐるう、ぐるう
近付くと当然音も大きくなって、少年は顔をしかめて片耳を塞ぐ。生き物の音だなと少年は思った。怪物の唸り声だろうか。トンッと音を立てて少年の靴が地面に辿り着く。洞穴からは尻尾が飛び出していた。鱗のついた尻尾。時折動く。生きている。大きな洞穴なのになおはみ出してしまうということは、相当大きな体の持ち主ということだ。
「もしもし! こんにちは。ちょっとうるさいんだけど!」
勇気ある少年は洞穴の奥めがけて声をかけてみた。もちろん唸り声に負けないくらいの、大きな声で。すると音は風が止むようにピタリと止む。
「ごめんなさい」
そんな答えが返ってくる。あちこち岩に反響した、くぐもった声だ。少年にとっては大きく感じたけれど声の主の大きさを考えるに、本人はごく小さな声で返したつもりだったろう。少年はふと気が付いた。
「もしかして、泣いてたの?」
滝が流れ落ちる音に似ていたが、鼻をすすり上げるような音が聞こえていたのだった。尻尾の主は返事をしない。少年はそれを肯定ととった。首を傾げながら尋ねてみる。
「どうして泣いてるの?」
洞穴の中で大きな彼はまだ泣きやめないようだった。ぐずぐずと、涙に濡れた声で、少しずつ話を始める。
「僕は体が大きいだろう? ため息をついただけでみんな吹き飛んでしまう。それに、爪や牙だってとても鋭い。きっと誰かを傷つけてしまう。それが、とても、怖いんだ。」
聞けば彼はずっとこの洞穴で暮らしていたのが、いつの間にかこんなに体が大きくなってしまったらしい。これでは暮らせない。だけど外に出るのが怖い。それでどうしていいか分からず、泣いていたようだ。
「試してみたいのかい?」
少年は尋ねる。
「ううん。でもきっとそうだ。君だって傷つけてしまうよ。そんなのは嫌なんだ」
少年は突然大きな声を上げて笑いだした。尻尾の主も驚いたらしい。ぽかんとした気配が伝わってくる。
「大丈夫だよ! 君からは見えないかもしれないけれど、僕は空に溶けることが出来るんだ。君のため息だってそよ風みたいにしか感じないし、鋭い爪や牙だって僕には届きやしない。」
尻尾がぴくりと動く。沈黙が続いた後、洞穴から恐る恐る、「本当かい?」という声が聞こえてきた。「本当さ!」と、少年は力強く胸を叩く。
「だからそんな狭いとこ出てきてさ、よかったら僕と旅をしようよ。空を渡って、色んなところで行くんだ。きっと楽しいよ!」
ぱたん。躊躇うように尻尾が地面を叩く。土埃が軽く舞う。迷っているようだ。と、尻尾がじょじょに少年の方へ近づいてくる。もう洞穴の中で反転できないほど大きいので、こうやって出てくるしかない。怖がりの彼はお尻からじりじりと後ずさってくる。
バサッ、と立派な翼が広がる。しまいこまれていた長い首が伸びると思っているよりずっと大きい。自分で言っていた通り、大理石のように真っ白なその爪は鋭い。頭には二本の角。口元から覗く、きれいに揃った牙の数々。大きな鼻の穴から吹き出す息だけでお嬢さんの帽子くらいなら飛ばせるだろう。その気になれば口から炎を吐くことだって出来るはずだ。なんて恐ろしい見た目だろうか。だけど肝心の光る目玉はきょどきょどと落ち着きなく、実に善良な色をしていた。
「---やあ、」
陽の光を浴びて輝く鱗を見て、少年は嬉しそうな顔をした。
「おそろいだ!」

空色の少年と、空色の優しい竜の冒険が、始まる。

 

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