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5.なんて素敵な人/82.約束

「なんて素敵な人!」
彼女はおれのことをそう言う。頬に手を当て、目をうっとりさせながら言う。おれはすこし、困る。
『素敵な人』なんておれには似合わない。何しろ毛むくじゃらだ。頭にそそりたつ二本の角は、仲間内では自慢の種になるけれど他種族からすれば恐ろしく映るだろう。鼻息も荒い。「くさい」と言われたこともある。美しい手だって持ってない。あるのは不器用な蹄だけ。畑を耕す力はあるけれど、舞踏会に出る気品も繊細さもない。きれいな服だって持ってない。この青いチョッキがせいぜいだ。
だけど彼女はおれのことを「素敵だ」と言う。「素敵な人」というのはむしろ、彼女のことなんじゃあないのか。おれが持ってないものをみんな持っている。絹のような髪に白魚のような手。可憐な唇。まるで宝石、いや、一輪の花のようだ。おれは、握り潰してしまうのが怖くて、触れられない。
だけど彼女の方は遠慮なくおれに触れてくる。腰に手を回してぎゅうぎゅう抱きついてくる。ちくちくした胸毛に頬ずりして、ふふふと吐息を漏らしている。
「ねえ、いつになったら抱きしめてくれるの?」
彼女は可愛い口を尖らせてねだる。いくら抱きつかれても、おれの両腕はぴたりと体についたまま。
「呪いが解けたら」
おれは咄嗟に口走る。
「悪い魔女に呪いをかけられて、こんな姿になってしまったのだ。本当は人間で、とてもハンサムで、しかも王子なのだ」
口から出まかせを吐き出すおれに、彼女はすうっと目を細くした。怒ったのか。ビクッと体を震わせたけど、全く違った。彼女の唇が弧を描く。笑ったのだ。
「じゃ、呪いが解けたら、一番に教えてね」
約束よ。彼女が秘め事のように囁く。
「私、その魔女さんに頼んで、もう一度あなたを野獣にしてもらうから!」
そう言って彼女はころころと鈴の鳴るように笑った。叶わないな。おれは目を閉じる。きっと根負けするんだろうっていう未来が、すぐそこに見えていた。

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36.桜色のバス停/4.泣かないで

『成條学園高校校門前』、ここは春が来ると桜色のバス停になる。はらはら、はらはら。学園の周りに植えられた桜から花びらが止めどなく舞い降りてきて、時刻表を掠め、バス待ちのベンチの上に降り積もる。立派な枝に開いた花は、今年も例年通りの見事な八重咲きだ。コートについた花びらをいちいち払うことも面倒で、突っ立ったままぼんやりと見上げてみる。淡紅色で覆われた空。今年は暖かかったから早くに咲いてしまった、入学式まで持つのだろうか。
「センセー、さようなら」
声をかけられて咄嗟に笑みを作り、「さようなら」と返そうとした。が、隣に立った女の子の顔を見てすぐその笑みを取り下げる。
「何がさようならだ」
お前もこのバスに乗るんだろうが。そう返すと、彼女はまっすぐな黒髪を揺らしながらいひひと笑った。部活もせずにそれまで学校で何をしているのか知らないが、俺がバスを待っているといつも後ろからやってきて並ぶ。乗ってる間中、センセー、と馴れ馴れしく話しかけてくる。もう慣れた。だけど慣れた頃に、生徒というものは卒業して行ってしまう。俺は教師という職業は、亡霊のようだなと思った。いつまでも学校に取り残される亡霊。あっという間に生徒は入れ換わり、後も見ないで大きくなっていく。俺も年はとるが、一緒に大きくはなれない。
「明日卒業式だな」
そうだよと彼女は答える。長い髪をいじりながら。なんでもないことのように。
「さみしい?」
顔を覗きこまれたので、「さみしいのはお前だろ」と意地悪く返してやった。
「さみしくなんて、ないもん」
彼女はぷいとそっぽを向く。あまりにも分かりやすいなと思った。
僅かな沈黙が間に挟まる。俺は袖をまくって時計を見た。遅れているな。風が吹いて花びらが舞い上がり、コートの裾がはためく。彼女のスカートと、髪もなびく。口に入ってしまいそうだ。
「だけど、センセー、あたしちょっと、怖いんだ」
俺は横目で彼女を見る。なびいて乱れる髪を、整えようとしないので顔が覆われ、表情が見えない。
「卒業して、このままフツーに大学行ってフツーに卒業してフツーに就職して、フツーに結婚して子供作って、フツーに子供育てて、それで、フツーに死んでくんだなって。なんかその道、一直線に見えちゃって。」
怖いんだ。呟く彼女の声は、僅かに震えてはいなかったか。
俺は口を開く。でも、上手く言葉が出てこない。後から考えれば、「そのフツーが大変なんだ」って、言えば良かった。大学だって留年するかもしれないし、就職だって出来るか分からないし、結婚だって。途中で死んじゃう可能性だってある。でも逆に、死なない可能性もある。人生、十八の小娘が思ってるよりずっと、たくさんのことがあって、そんなこと考えている暇はない。一本のレールじゃないんだ、って。そんなようなイイこと、言えば良かった。だけど俺は国語教師じゃないからさ。担当は数学だから。上手く言えなかったんだ。そういうことにしておいてくれ。
「今度の日曜、どこに行くんだ?」
俺はそのとき、そう言ったんだ。「は?」と当然、彼女は大きな疑問の声を上げる。
「映画見に行くのか? 甘いモンでも食べに行くのか? 俺はそのことだけ考えてる」
彼女は少し黙ってから、そっと囁いた。
「今度の日曜が、過ぎたら?」
「その次の日曜のことを、考える」
俺が空中に向かって真面目な顔をすると、ぷっ、と横で吹き出す音が聞こえた。それから、アハハと大げさなくらい笑われる。
「センセー、そんなことばっか考えて生きてンの?」
「悪いかよ」
日曜は大事だろと口を尖らせると、もっと大きな声で笑われた。まあ、わざと声を立てて笑っていたのかもしれない。震えを隠すために。
「まあ、なんだ、お前も深く考えずにそうして、その、いつかの日曜とかに、このバス停に来てみたりとか、すればいいんじゃないの」
笑われたのが恥ずかしくって焦っていたので、何を言ってるのか自分でもよく分からない。彼女はお腹を抱えたまま俺を見る。
「センセーに会うために?」
「え、」
今度こそ言葉をなくして口をぱくぱくさせると、彼女は俺を指差して体をのけぞらせた。
「ジョーダン!」
冗談に決まってるじゃん。ばぁか。生徒にそんなことを言われたのに叱り飛ばす元気はなかった。顔が熱かった。
気付くとエンジン音を立ててバスが滑り込んできている。慌ててポケットから定期を出した。
「じゃあね、センセー!」
しかし彼女は俺の背を叩いてそのままバス停を通り過ぎて行ってしまう。
「オイ、乗らないのか?」
声をかけたけれど、彼女は遠ざかりながら首を振った。最後くらい歩いて帰るー、センセー、ありがとー。彼女が鞄を持ちかえて手を振る。俺も軽く手を振り返して、それから、バスに乗った。俺だけを乗せたバスは即座に発進する。
追いかければよかったかもしれない。彼女はきっと、帰り道一人で、泣くんだろう。ずっと堪えていた熱い涙を流すのだろう。3年間の思い出を繰り返し頭の中でなぞって泣きながら、通学路を自分の足でゆっくり、ゆっくり歩いて帰るのだろう。「泣かないで」、その一言さえ俺は、言えないのか。頭を撫でることすらできないのか。でもそれで、いいのかもしれない。その方が。
成條学園高校校門前のバス停が遠ざかっていく。彼女のいない、桜色のバス停。

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18.愛してる/77.街灯とシルクハット

雨が、降っている。 音の無い雨が。 夜の闇の中で、地面を叩く水飛沫だけが白く光って見える。霧のような雨。サッとよぎったヘッドライトの中に雨糸が多く見え、音で聞くよりずっと降っているのだということが分かる。ごく静かな飛沫を立てて車が通り過ぎて行くと、いつの間にかそこに令嬢が立っていた。そう、令嬢、と呼ぶのがふさわしい。絹のリボン。上品なドレス。輝く金髪。だけどそれも皆、雨に濡れてしまっている。傘もささず、令嬢は歩いている。霧雨の降る夜の街を、一人で。どこか暗い表情で。
ふと令嬢は足を止める。霧の向こうでくすぶ明かり。街灯の下に、誰かが立っている。やはり傘はさしていない。目深に被ったシルクハットのせいで顔は見えないが、口元に覗く髭が白いことから若くはないだろうということがうかがえる。黒い礼服に身を包んだ紳士は令嬢の姿を目に留めると、軽く頭を下げた。令嬢は微笑む。
「殺し屋ですか?」
「ええ、殺し屋です」
辺りに人の気配はない。静まり返っている。車すらも、こんな時間ではなかなか通らないだろう。
「如何して、分かったのですか?」
「さあ、如何してでしょう…なんとなく、分かってしまうものなのです」
令嬢は僅かに唇を歪める。紳士の表情はやはり見えず、ただ口調は酷く落ち着いていた。令嬢は覚悟を決めるかのように目を閉じ、深く息を吐き出した。指先が震えている。寒いのか、それとも。
「一つだけ、お願いがあります」
「…なんでしょう」
紳士は僅かに目を上げた。意外に思ったのだろうか。きらりとシルクハットの影で、青灰色の瞳がきらめく。
令嬢は目蓋を上げた。ぱちん、と音のするほどの勢いで。令嬢の目には大粒の涙が浮かんでいた。
「『愛してる』、と、伝えてもらえませんか」
彼に。私の、彼に。不躾な願いだと分かっていながら、つうっと令嬢の頬を涙が滑り落ちていく。見る間に雨と混ざって分からなくなっていく。声を震わすこともなく、きれいに令嬢は泣いている。紳士は一度だけ瞬きをした。
「…いいでしょう」
ありがとう、と令嬢は言う。そして流れる涙はそのままに、微笑を浮かべた。
黒光りする拳銃が、霧雨の中に差し出される。そのときは、意外にあっさりと。別れの言葉もなく。訪れる。
パシュッ
消音機付きの拳銃の弾が、一撃、見事に心臓を貫いた。ぐらりと体が揺れ、崩れ落ちる。
ぱしゃん、と水たまりの上に、シルクハットが舞い落ちた。
令嬢は拳銃を片手に、それを拾い上げる。
「…おやすみなさい」
殺し屋の令嬢は泣きながらそっと呟いて、シルクハットにキスをした。たったいま出会った紳士と、死んでしまった恋人のことを想いながら。
雨が、降っている。音の無い雨が。

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38.行かないで/88.手を繋ごう

「うわーすごい人だなあ」
おれはそんな感想を漏らす程度だったけど、彼女にとっては初めて見る、衝撃的な光景だったらしい。びしっ、と音が聞こえそうな勢いで、固まっていた。
白塗りに朱で目鼻を描いた面。象徴しているのは狐か猿か。面をつけ、赤、黄、黒、鮮やかな色の上着を身に纏った者たちで、大通りが溢れている。一見して異形の集まりのように見えるが、そうではない。中身はみんな人だ、それに上着もよく見れば上から一枚羽織っているだけで、その下は普通の格好をしている。面の下ではくすくすとお喋りをしている。小銭を握り締めて駆けていく子供の面。シャン、シャン。ドン、ドン。鈴や太鼓の鳴る音が、遠くに聴こえる。矢倉でも組んでいるのか、それとも神輿か。耳を澄ますと僅かながら近づいてきているような気がするので、神輿かもしれない。人混みを割って、金色に輝く輿が上下にゆっくり揺れながら音楽を奏で、上では神役が踊り狂うのだ。マツリ、というらしい。街並みは石造りだがこの街、風習はワの国寄りのようだ。黄昏時が近付いて、吊るされた提灯に次々と明かりが灯っていく。街灯と街灯の間に提灯を張り巡らせているのがなんとも奇妙だが、確かに紙を透かしたあの赤い灯火は、街灯では表現出来ないだろう。
今も十分混んでいるが、夜が近付くにつれもっと人が増えてくるだろう。それこそ身動きが取れないくらいに。
「ここ、行くの?」
彼女が囁く。いつものワガママ三昧な気丈さはどこへ行ったのだろう。
「うーん、どうしても買いたいものがあるんだよなあ…」
先日巨大な花クラゲと格闘したおかげで、釣り糸が切れてしまっていた。海洋生物の研究には欠かせない物なので確保しておきたい。海から一番近い街がここなのだ、あとは幾分歩く。それには、岸辺に残してきた相棒の白イルカのことも心配だけれど彼女のことも少し心配だった。肩の上で揺れる金髪はよく見るとしっとり濡れていて、つるりとした白い素足からも水が滴っている。足。それは借り物の姿で。彼女はずっと海の中で暮らしてきたのだ。珊瑚の間を泳ぎ回り、小エビや小魚を食べ、どこまでも続く青い世界で生活してきたのだ。あまり長いこと陸にいるのはよくないのではないかと思ってしまう。現に彼女は、隙あらば靴を脱ぎ捨てて海の中へ飛び込んでしまうのだから。でも今は、雑踏に踏まれそうなので靴、履いた方がいいよ、と言うと、急いで手に持っていた革靴に足を通していた。
「ここで待っててくれる?」
こんなに混んでいるところへ行かせるのも可哀想だと思ってそう声をかける。おれだけがサッと行ってサッと帰ってくればいい。マツリというものの雰囲気を楽しんでみたい気持ちもあるが、みんな羽織の中この薄汚いグリーンのつなぎでうろうろするのも気が引ける。
彼女はスカートの端を握り締めて俯いていた。返事はなかったが、こくん、と頷いた結果の俯きだとおれは解釈して、彼女に背を向けた。
「おっ」
腰がぐきっと変な音を立てた気がする。引っ張られた。後ろに。それも、結構強い力で。腰を抑えながら振り向くと、彼女は唇を噛み締めたまま真っ赤な顔をしていた。ぎゅっ、と、つなぎの袖を、皺が寄るほど強く握りしめている。
ざわざわと人の囁きが耳に返ってくる。どこか異国の言葉のように感じる。提灯に照らされて蠢く異形の群れ。シャン、…シャン。囃しの音はやはりだんだん大きくなってきていた。
おれは彼女に向かって手を差し出した。意味が分からないのか、彼女は不思議そうな顔をする。そう言うのが、照れくさくって、おれは黙って彼女の手を取った。
「一緒に…、」
顔を背けながらもごもごと呟くと、ようやく伝わったらしい。ウン、と小さな返事が、後ろから聞こえてきた。おれは彼女の手を確かめるようにぎゅうっと握り締める。小さいなと思った。少し冷たくて、すべすべしていた。

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23.白衣と鍵/50.ウソツキ

苦い香りがする。 目を閉じて、鼻をひくつかせてみた。 コーヒーの香り。ふわりと漂う湯気。ミルクなし、砂糖なし。ブラックコーヒー。タバコの香り。ハイライト。私の好きじゃない香り。顔をしかめる。前吸ってたセブンスター、あっちの方が好きな匂いだった。
カタカタと規則的にキーボードを叩く音が、閉じた視界の中に響く。カタカタ、パシャン。カタカタカタ、シターン。エンターキーを押すときの勢いが、だんだん強くなってきていることから、集中しているんだなと分かる。
カーテンが全開になった窓から惜しみなく午後の光が降り注いでいて、髪の毛をじわじわ温めている。いまは、茶髪だけど、染める前だったらもっと熱く感じていたかもしれない。いまは丁度いい。三月。外に出たらまだマフラーが必要だろうけど、日の当たる部屋の中はもう春だ。眠たくなってきた。頬杖をついていた肘が、だんだんずれていき、机に突っ伏す形になっていく。
ふと、カタカタ鳴る音が止んでいることに気が付いて私は目蓋を上げた。目の前が白く点滅するので、何度か瞬きをする。彼、は、パソコンに向かう手を止めてタバコを吸っていた。吸い込む音。ふーっ。吐き出す音。ほんの微かだけど、静かだから聞こえてくる。どきどきした。煙が漂ってきて、髪に匂いがつきそうで嫌だったけど、どきどきした。それ以上に。タバコをつまんだ指。慣れた手付き。ごつごつした大きな手。時計をした右手。光る指輪。
「何か、用があって来たんじゃないのか?」
ギシッ、と事務椅子が回る音にはっとして思わず俯いた。見つめすぎた。彼は私の方に向き直りながら、白衣のポケットをまさぐっている。ライターを探してるんだろう。(胸ポケットだよ、)と私は思う。彼の手が胸を叩く。あったようだ。真新しいタバコを口にくわえ、火をつける。カチン。銀色のライターの蓋が音を立てて閉まる。
「カギ、」
と、私は唇を尖らせて、言う。
「カギ、ちょうだい」
先生。呼ぶ。センセー、の方が、正しいかも。語尾をバカっぽく伸ばした。彼はああ、と言っていつものように立ち上がる。3年1組。から、3年9組。他にも、理科実験室だとか、準備室だとか、資料室とか。いろんな鍵がいろんな色、赤や黄色や青、のプレートにくっついている。教室の鍵なんて誰がつけるのか、キティだとかプーのぬいぐるみキーホルダーがついてるものだってある。
「どの鍵だ?」
くわえタバコのまま、彼は当然問いかける。私は全く表情を変えないまま、そらで言った。
「グランドメゾン杉並201号室」
彼は、黙った。そのタバコを落っことしたりはしないんだろうかと期待したけれど、火のついたタバコは彼の口から離れない。静かに煙が漂っていた。
「…悪い、」
彼は、ぱ、と両手を上げてみせる。開いた掌。何も持ってないよの印。おどけてるつもりなのか。
「今日は忘れてきちゃった」
だから、また今度。彼の手が私の頭を撫でた。わしわしと髪を乱す。その温もりを振り切るように、私はがたんと立ち上がった。
「…そう、」
あっさり、なるべくあっさり呟いて、後も見ないで職員室を飛び出した。走る。走る。白い廊下を。がむしゃらに。踵をぺしゃんこにした上履きがワックスの光る廊下に滑って、変な音を立てる。短く折ったスカートが翻る。毎朝アイロンをあてててる髪の毛が口の中に入る。構うもんか。そのうち私は立ち止まる。ここがどこか分からない教室の前でうずくまる。
ウッ、と嗚咽が漏れた。とげとげした想いが喉の奥につかえて、苦しい。ウ、エ。熱い涙が滴る。耐え切れない。声が出てしまう。苦しい。吐きそうだ。制服の袖を引っ張って、口を抑える。お腹も痛くなってきた気がする。じわ、じわ。涙が少しずつ溢れて、頬を伝っていく。こんなに苦しい泣き方をしたのは初めてだった。でも、泣いてしまわないと、もっと辛かった。心臓がちくちくする。
ひどい男だ。ヒドい人。そんな気、ないくせに。忘れてきちゃったなんて、そんな、じゃあ先生、今日どうやって家に入るの? 誰か、中に、いるの? ウソツキ、ウソツキ。
「うそつき」
私は呟いた。音にするともっと悲しかった。窓から見える桜の枝には蕾がふくらんでいる。春の気配。明日は、卒業式だ。

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