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2.空色の少年/7.優しい竜

靴は空色。晴れた春の空の、すっきりした薄い青。厚い靴底も胴に描かれた星の印も、きちっと結んだ靴紐も、全部空色。その靴先を宙に向ける。トンッ。確かな感触。トンッ、トンッ。軽々と少年は空へ昇っていく。まるで見えない階段があるみたい。風が雲を吹き飛ばしていく。少年は片手で帽子を抑えた。キャスケットは空色。半袖から覗く細い元気な腕も、膝小僧も、するする空を歩いていくうち背景に溶けていくように空色になっていく。少年は空色の歯を見せて笑った。

空を旅する少年はある日、変な音を聞いた。ぐるう、ぐるう、ぐずぐず。なんだろう。竜巻みたいな。小麦粉を挽くときみたいな。それを何十倍も大きくしたような、奇妙な音。少年は眼下を見下ろした。足元を飛ぶ渡り鳥たちもびっくりして落っこちそうになっている。変な音は洞穴から聞こえて来ているようだった。
ぐるう、ぐるう
近付くと当然音も大きくなって、少年は顔をしかめて片耳を塞ぐ。生き物の音だなと少年は思った。怪物の唸り声だろうか。トンッと音を立てて少年の靴が地面に辿り着く。洞穴からは尻尾が飛び出していた。鱗のついた尻尾。時折動く。生きている。大きな洞穴なのになおはみ出してしまうということは、相当大きな体の持ち主ということだ。
「もしもし! こんにちは。ちょっとうるさいんだけど!」
勇気ある少年は洞穴の奥めがけて声をかけてみた。もちろん唸り声に負けないくらいの、大きな声で。すると音は風が止むようにピタリと止む。
「ごめんなさい」
そんな答えが返ってくる。あちこち岩に反響した、くぐもった声だ。少年にとっては大きく感じたけれど声の主の大きさを考えるに、本人はごく小さな声で返したつもりだったろう。少年はふと気が付いた。
「もしかして、泣いてたの?」
滝が流れ落ちる音に似ていたが、鼻をすすり上げるような音が聞こえていたのだった。尻尾の主は返事をしない。少年はそれを肯定ととった。首を傾げながら尋ねてみる。
「どうして泣いてるの?」
洞穴の中で大きな彼はまだ泣きやめないようだった。ぐずぐずと、涙に濡れた声で、少しずつ話を始める。
「僕は体が大きいだろう? ため息をついただけでみんな吹き飛んでしまう。それに、爪や牙だってとても鋭い。きっと誰かを傷つけてしまう。それが、とても、怖いんだ。」
聞けば彼はずっとこの洞穴で暮らしていたのが、いつの間にかこんなに体が大きくなってしまったらしい。これでは暮らせない。だけど外に出るのが怖い。それでどうしていいか分からず、泣いていたようだ。
「試してみたいのかい?」
少年は尋ねる。
「ううん。でもきっとそうだ。君だって傷つけてしまうよ。そんなのは嫌なんだ」
少年は突然大きな声を上げて笑いだした。尻尾の主も驚いたらしい。ぽかんとした気配が伝わってくる。
「大丈夫だよ! 君からは見えないかもしれないけれど、僕は空に溶けることが出来るんだ。君のため息だってそよ風みたいにしか感じないし、鋭い爪や牙だって僕には届きやしない。」
尻尾がぴくりと動く。沈黙が続いた後、洞穴から恐る恐る、「本当かい?」という声が聞こえてきた。「本当さ!」と、少年は力強く胸を叩く。
「だからそんな狭いとこ出てきてさ、よかったら僕と旅をしようよ。空を渡って、色んなところで行くんだ。きっと楽しいよ!」
ぱたん。躊躇うように尻尾が地面を叩く。土埃が軽く舞う。迷っているようだ。と、尻尾がじょじょに少年の方へ近づいてくる。もう洞穴の中で反転できないほど大きいので、こうやって出てくるしかない。怖がりの彼はお尻からじりじりと後ずさってくる。
バサッ、と立派な翼が広がる。しまいこまれていた長い首が伸びると思っているよりずっと大きい。自分で言っていた通り、大理石のように真っ白なその爪は鋭い。頭には二本の角。口元から覗く、きれいに揃った牙の数々。大きな鼻の穴から吹き出す息だけでお嬢さんの帽子くらいなら飛ばせるだろう。その気になれば口から炎を吐くことだって出来るはずだ。なんて恐ろしい見た目だろうか。だけど肝心の光る目玉はきょどきょどと落ち着きなく、実に善良な色をしていた。
「---やあ、」
陽の光を浴びて輝く鱗を見て、少年は嬉しそうな顔をした。
「おそろいだ!」

空色の少年と、空色の優しい竜の冒険が、始まる。

 

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