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つのっこセーラー

窓ガラスから射す光に、腰まで伸びた髪が赤茶に輝いている。五月の午後、白い廊下には新緑の作る葉影が降りていた。こんな陽気の日に教育的指導をするのは、される方も嫌だろうがこちらも気が重い。だが風紀強化月間なのだ。仕方ない。そう思って我慢してもらうことにしよう。おい、と声をかけた。つやつやとした赤茶の髪の生徒は、立ち止まらない。セーラー服のスカートの裾を颯爽と揺らして歩いて行ってしまう。仕方なしに肩を掴んだ。
きらっ、とその女子生徒は振り向いた。音の鳴るように癖のない髪が翻り、瞳が僕を映す。映ったことが分かるくらい、大きな瞳だった。目の大きさと唇の小ささと、顎の形の良さが目につく。見覚えのない顔だ、少なくとも担当クラスの子ではない。印象的な眼差しに気圧されそうになりながらも、髪色が明るいということをやんわりと告げる。
「地毛です」
女生徒はきっぱりと言い放った。僕は目線を落とし、上履きのラインで学年を確認する。二年生か。髪の毛が生まれつき明るい色をしている子は学校側に申請をしなければならない。申請が通っている生徒はすでにリスト化されている。二年生で登録している子は確か二人しかおらず、そのどちらも僕は顔も名前も覚えている生徒だった。登録がない、と僕は半ば自信を持って言う。…声色は弱々しかったかもしれないが、言い返される謂われはないという気持ちはこもっていたと思う。
「校則違反だから、黒く染めないと」
少しでも威厳を取り戻すために、追い打ちをかけた。女生徒はきりりと眉を吊り上げる。
「…身体的特徴も、校則違反になるんですか?」
明らかに、『校則』というものに反感を持っている言い方だった。髪は黒く、襟元は正しく、スカートは膝まで。そんな模範的な人形みたいな生徒ばかり並んで、何が楽しいというのか。そんなことまで言い出しかねない雰囲気だった。それは、僕もそう思う。全員が全員まったく同じなのは気色が悪いと思う。けれど、ある程度のルールは必要だ。そうも思う。僕は口を開こうとした。そんな、もっともらしいことを言おうとしたそのときにはもう、視界が反転していた。一瞬、何が起こったか分からない。気付くと床に叩きつけられ、女生徒に胸倉を掴まれていた。一体何がどうしたのか。突き飛ばされたのか、転ばされたのか、それすら分からない。身長が低いつもりも力が弱いつもりもなくごく一般的な成人男性だと自負していたが、僕はあっさり高校生の女の子に馬乗りになって押し倒されていた。
皐月の光を背景に、女生徒はえくぼを見せて笑う。
「…じゃあ、これも校則違反?」
女生徒が首を傾げる。さらさらと髪が、首を、肩を二の腕を伝って、流れる。僕は彼女の額を、穴の空くほど見つめた。その赤茶の髪の間から、二本の突起が、出現している。渦巻きながら天に突き出した、象牙色の、立派な、―――角。間違いなかった。それ以外表現のしようがなかった。瞬間でどばりと全身に汗を掻く。瞬きすることができず、見開いた目が乾いてゆく。耳元でうるさい鼓動の音がして、がくがくと震え出しそうになった。 彼女は目を細め、うっそりと微笑む。ちらっと見えた唇の間から、鋭い牙が見えた気がした。
「見逃してよ」
彼女は言う。シャツを皺の寄るほど強く掴み、僕の首を締めながら。その力はとても少女のものとは思えなかった。混乱と酸素不足で頭がちかちかと明滅する。はっきりしない意識の中で、彼女が耳元に口を寄せて来たのを感じた。
「でないと、食べちゃうかもよ?」
その言葉の意味を反芻して、理解して、ごくりと唾を飲み込む。 一瞬後、気が付くと彼女は僕から離れ、平然と立っていた。馬乗りどころか僕の体に触れてすらいない。頭の角も…ない。なくなっている。廊下で一人で尻もちをついている、僕の方がおかしいみたいだ。彼女は無邪気に笑ってみせた。
「じゃあね、先生」
そう言い残して彼女はくるりとスカートで円を描いて、風のように去っていってしまう。じゃあね、じゃなくって、さようならだろ、なんて、注意する気もおきなかった。不規則な呼吸を整えながら、僕は思う。自分は一体、何を馬鹿なことを考えていたのだろう。ルールだって? 個性だって? それは、人間の世界の話だろう…。角の生えた彼女の姿が目蓋に焼き付き、首に圧迫された感覚がいつまでも残っている。廊下に降り注ぐ五月の陽射しは、そんな非日常にも関係なく眩しく、優しかった。

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即興SS

 誰もいない家の一室。ここは僕の部屋だ。僕の部屋にあるのは僕のものだから、いつでも触ることが出来る。誰も入ってくることはない。
 震える手で鉛筆を握る。怖いからじゃない。寒いのだ。とても寒い。雪まで舞っていた。今はもう止んで、外の闇はしんとしているが。東京育ちなので白いものがちらついている空を見るとワクワクしてしまうが、それにしたって歯が噛みあわないくらい寒いというのは、さすがに参る。もうずっとエアコンはびゅーびゅー動いているけれど、一向に暖まらない。この家には僕しかいないからだ。人がいるとそれだけで室温は上がるものだが。
 手をこすり合わせ、はーっと息をかける。外でもないのに変だが、何しろ寒いのだ。気を取り直して鉛筆を握る。机の上には真っ白な便箋。草花があしらわれた落ち着いたデザイン。どこにでもあるもののように見えるかもしれないが、これだって散々悩んで買ったのだ。僕は宛名を書く。彼女の名を。とびきりきれいな字で。書き出しはどうしよう。そうだな、まず、挨拶だな。こんばんは。いやこれはおかしいな。僕がいま書いてるのが夜ってだけで彼女が読むのはいつか分からないもの。「こんにちは」にしよう。消しゴムで丁寧に消す。くそ、僕ってやつはなんでこんなに筆圧が濃いのだ。こんにちは、と。お元気ですか。僕は元気です。ここまでは定型。さてそれから、どうしようか。いきなり本題に入っていいものか。季節の話とか、入れた方がいいだろうか? 冷えますね。雪が降りましたね。だとか? どうでもいいなあと雪国育ちの彼女は思うかもしれない。世間話でも、した方が、いいだろうか? 近況だとか。と言っても、彼女に誇れるような近況なんて僕にはない。いったい何を書けばいいのか。せっかくきれいに書こうと思ったのに、何度も書いては消しを繰り返しているうち紙がくしゃくしゃになっていく。だめだこれじゃあ。シンプルに。そう、シンプルにいこう。彼女に伝えたいこと。
「ありがとう」
 ありがとうと手紙に書く。はっきりと。もう丸くなった鉛筆の先は最初よりももっと濃い線を描いた。
「君が」
 君がと先に続ける。僕の右手の小指は鉛筆でこすれて真っ黒になっていた。
「君が好きだった」
 不意に、ぽつりと雫が落ちる。「好」と「き」の丁度真ん中に落ちる。「好き」が滲んで見えなくなっていく。僕は涙をぬぐった。でも無駄だった。止めることは出来なかった。声を殺して泣いた。この手紙を彼女に渡すことは叶わない。彼女は僕を見ることすら出来ない。僕の手は彼女の体をすり抜ける。
 死んでから遺書を書くなんて、変な話だ。僕は僕にしか触れない鉛筆を放り出す。それから彼女の後ろ姿を、くっきりと、目蓋の裏に思い描いた。涙が一筋、頬を伝っていった。

『幽霊からのラブレター』

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掌シリーズ

氷の国に住む私の掌は冷たい。氷点下の指先は触れるものみな凍りつかせてしまう。今まで幾人かいた私の恋人たちも、それまで優しかったのに手を繋ごうとすると途端に、まるで触っちゃいけないものに触ったかのような反応速度で即座にその手を引っ込めるのだった。
だから私は炎に恋する。身を捧げる薪になりたいと思う。もしくは彼に焼かれるハムや、ベーコンになりたいと願う。…うそだ。ほんとうは、手を繋いでみたい。火傷したって溶けてしまったっていい。一瞬でもいいからこの掌が熱を帯びるのを感じてみたい。
でも彼は「だめだよ」と言う。橙の髪をちらちら揺らしながら微笑む。「だめだよ、だめだよ」夢のように響く彼の声を心地良く思いながらも、私はその幻想を捨てられずにいた。だってもしかして、私の冷気と彼の熱気が混ざり合ってぬるまって、きちんと手を繋げる、そんな奇跡が起きるかもしれないじゃない?

****

炎の雨が降った日、橙に輝く夜空は真昼のように明るかった。見惚れていた僕は腕に火の粉が降りかかっているのにもしばらく気が付かなかった。しかし驚くほど熱さを感じないのだ。皮膚が爛れている様子もない。ちらちら光る火は舞い降りたかと思うとすっと肌に溶けて見えなくなって、後は静かに僕の腕で燃えているだけなのだった。炎はすぐに全身に回った。痛みはない。燃え方も暖炉の火のように落ち着いていて、普段は普通の人と変わりはない。だけど何かに触れると途端に、僕の皮膚は燃え盛ってしまうのだ。
みんなが行け、行けと言うので、皮膚科に行って相談した。炎症専門の皮膚科らしい。「ひどいね」と医者は首を振った。「治らないんですか?」僕はなんとなく尋ねる。すると一つだけ治す方法があると言う。それは涙を流すこと。
それを聞いても僕は何もしなかった。特段不便さを感じていなかったからだ。むしろ風呂を焚くのも目玉焼きを焼くのも身一つでできるものだから以前より便利なくらいだ。恋人と手を繋ぐことすらできないけれど、でも、涙を流すくらいだったら、恋人なんて必要ないと、僕は思うのだった。

****

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鋼鉄の心臓

幼いころはちょっとぶつけては血を流し、ちょっと転んでは骨を折った。でも大人たちはそうじゃない。ぶつけてもなんともないし、転んでも傷ひとつつかない。僕らは鋼鉄の一族なのだ。
「あなたも大きくなれば全身鋼鉄になるのよ。」
「そうさ。腕も足も、胃も心臓も脳もね。」
そのとき僕は幼心に、「心まで鋼鉄になるのは嫌だなあ」と思った。でも望んでいようとなかろうと、みんなこぞって僕を鋼鉄にしてくれた。いろいろな人々が代わる代わるやってきて、ハンマーであちこち叩いて鍛えるのだ。もちろん叩かれたときは痛いけれど、傷が治ると僕の体は叩かれる前よりずっと頑丈になっているのだった。
二十歳になった日に僕はふと自分の胸を叩いてみた。すると、コンコン、キン、と見事な金属音がするのだ。ああいつの間にかみんなと同じ風になってしまったんだな。でも仕方のないことなんだな必要なことなんだなと、大人になった僕はそうやって納得した。いずれ心臓だけでなく、脳みそも鋼鉄になるのだろうということは年かさの大人を見れば分かることだった。嫌だと思っても、そういうものなのだ。
疲れない傷付かない汗をかかない僕ら鋼鉄の一族は最強と言っても良かったのだが、あるとき信じられない事件が起きる。通り魔が出たのだ。被害者を見ると、みんな一撃で心臓を撃ち抜かれている。あの鋼鉄の心臓を。僕もジョークだと思っていたのだけど、じっさい通り魔に遭遇してみて分かった。嘘じゃなかった。本当にみんな一撃でやられたのだ。
通り魔がどんな固いナイフをどんな速さでどんな力強さで振り下ろしたのかと不思議に思うかもしれないが、通り魔が持っていたのはただのギター一本きりだった。彼は奏でたのだ。それだけでみんな倒れたのだ。彼の音楽が鋼鉄の心臓を貫いた。そこで、鋼鉄なのは周りだけだったんだと僕は気付いた。彼の放った音符は鋼鉄を剥がし落としながら、キンキンキャラリと黄金色を響かせ渡った。ああ僕は、僕らは、サイボーグになったわけじゃなかったんだ。僕にはその音が祝福の鐘のように聴こえた。

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カムパネルラ

ふと、君がいたような気がした。僕は安心して、「ああやっと会えたねえ」と顔を綻ばせて振り向く。何もかもが嘘だったと、そう思って。
でも君はいないんだ。ここには僕のひとりぽっちの体があるだけなんだ。
銀河系の粒粒が行き過ぎてゆく。
ただ、僕の呼吸音だけがからっぽの宇宙船に響いていた。
色とりどりの君への想いを抱えて、僕は宇宙の真ん中で息をしていた。とうとう、たったひとりで。
ねえ、ほんとうの幸いが何かって、僕にはまだ分からないんだ。



はじめからね
こんなものじゃ届くはずないこと知ってたんだ
それでも僕は
それでも僕は―。

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