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即興SS

 誰もいない家の一室。ここは僕の部屋だ。僕の部屋にあるのは僕のものだから、いつでも触ることが出来る。誰も入ってくることはない。
 震える手で鉛筆を握る。怖いからじゃない。寒いのだ。とても寒い。雪まで舞っていた。今はもう止んで、外の闇はしんとしているが。東京育ちなので白いものがちらついている空を見るとワクワクしてしまうが、それにしたって歯が噛みあわないくらい寒いというのは、さすがに参る。もうずっとエアコンはびゅーびゅー動いているけれど、一向に暖まらない。この家には僕しかいないからだ。人がいるとそれだけで室温は上がるものだが。
 手をこすり合わせ、はーっと息をかける。外でもないのに変だが、何しろ寒いのだ。気を取り直して鉛筆を握る。机の上には真っ白な便箋。草花があしらわれた落ち着いたデザイン。どこにでもあるもののように見えるかもしれないが、これだって散々悩んで買ったのだ。僕は宛名を書く。彼女の名を。とびきりきれいな字で。書き出しはどうしよう。そうだな、まず、挨拶だな。こんばんは。いやこれはおかしいな。僕がいま書いてるのが夜ってだけで彼女が読むのはいつか分からないもの。「こんにちは」にしよう。消しゴムで丁寧に消す。くそ、僕ってやつはなんでこんなに筆圧が濃いのだ。こんにちは、と。お元気ですか。僕は元気です。ここまでは定型。さてそれから、どうしようか。いきなり本題に入っていいものか。季節の話とか、入れた方がいいだろうか? 冷えますね。雪が降りましたね。だとか? どうでもいいなあと雪国育ちの彼女は思うかもしれない。世間話でも、した方が、いいだろうか? 近況だとか。と言っても、彼女に誇れるような近況なんて僕にはない。いったい何を書けばいいのか。せっかくきれいに書こうと思ったのに、何度も書いては消しを繰り返しているうち紙がくしゃくしゃになっていく。だめだこれじゃあ。シンプルに。そう、シンプルにいこう。彼女に伝えたいこと。
「ありがとう」
 ありがとうと手紙に書く。はっきりと。もう丸くなった鉛筆の先は最初よりももっと濃い線を描いた。
「君が」
 君がと先に続ける。僕の右手の小指は鉛筆でこすれて真っ黒になっていた。
「君が好きだった」
 不意に、ぽつりと雫が落ちる。「好」と「き」の丁度真ん中に落ちる。「好き」が滲んで見えなくなっていく。僕は涙をぬぐった。でも無駄だった。止めることは出来なかった。声を殺して泣いた。この手紙を彼女に渡すことは叶わない。彼女は僕を見ることすら出来ない。僕の手は彼女の体をすり抜ける。
 死んでから遺書を書くなんて、変な話だ。僕は僕にしか触れない鉛筆を放り出す。それから彼女の後ろ姿を、くっきりと、目蓋の裏に思い描いた。涙が一筋、頬を伝っていった。

『幽霊からのラブレター』

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