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幼いころはちょっとぶつけては血を流し、ちょっと転んでは骨を折った。でも大人たちはそうじゃない。ぶつけてもなんともないし、転んでも傷ひとつつかない。僕らは鋼鉄の一族なのだ。
「あなたも大きくなれば全身鋼鉄になるのよ。」
「そうさ。腕も足も、胃も心臓も脳もね。」
そのとき僕は幼心に、「心まで鋼鉄になるのは嫌だなあ」と思った。でも望んでいようとなかろうと、みんなこぞって僕を鋼鉄にしてくれた。いろいろな人々が代わる代わるやってきて、ハンマーであちこち叩いて鍛えるのだ。もちろん叩かれたときは痛いけれど、傷が治ると僕の体は叩かれる前よりずっと頑丈になっているのだった。
二十歳になった日に僕はふと自分の胸を叩いてみた。すると、コンコン、キン、と見事な金属音がするのだ。ああいつの間にかみんなと同じ風になってしまったんだな。でも仕方のないことなんだな必要なことなんだなと、大人になった僕はそうやって納得した。いずれ心臓だけでなく、脳みそも鋼鉄になるのだろうということは年かさの大人を見れば分かることだった。嫌だと思っても、そういうものなのだ。
疲れない傷付かない汗をかかない僕ら鋼鉄の一族は最強と言っても良かったのだが、あるとき信じられない事件が起きる。通り魔が出たのだ。被害者を見ると、みんな一撃で心臓を撃ち抜かれている。あの鋼鉄の心臓を。僕もジョークだと思っていたのだけど、じっさい通り魔に遭遇してみて分かった。嘘じゃなかった。本当にみんな一撃でやられたのだ。
通り魔がどんな固いナイフをどんな速さでどんな力強さで振り下ろしたのかと不思議に思うかもしれないが、通り魔が持っていたのはただのギター一本きりだった。彼は奏でたのだ。それだけでみんな倒れたのだ。彼の音楽が鋼鉄の心臓を貫いた。そこで、鋼鉄なのは周りだけだったんだと僕は気付いた。彼の放った音符は鋼鉄を剥がし落としながら、キンキンキャラリと黄金色を響かせ渡った。ああ僕は、僕らは、サイボーグになったわけじゃなかったんだ。僕にはその音が祝福の鐘のように聴こえた。