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55.夢と煙/30.砂漠の祈り

僕らの街に「空」はない。少なくとも人の言うような、本で読むような「青い空」というものは存在しない。あるのは黒い煙で覆われた「何か」。天井、という感覚が近いかもしれない。垂れこめる煙の天井は低く圧迫感を覚えざるをえない。だから僕らは見上げるということをしない。俯いて、あるいは周囲を油断なく見回しながら、歩く。それがこの街の歩き方。
(いつかこの街を出てやる)
と、僕らは固く心に決めていた。街の外には澄んだ空やきれいな海や見たこともない動物がいて、色とりどりの花が咲いていて、心躍るような冒険が待ってるんだってそう思って、未来の話ばかりしていた。
「『砂漠の祈り』を見たんだ」
僕が興奮気味に話すと彼女は微笑みながら首を傾げる。
「闇市でさばかれてるのを見た」
「なに? 宝石?」
「ううん。石像。すごくよく出来た、女の人の像」
あんな石像は初めて見た。ベールを被り手を組んで祈りを捧げる女性の像なのだが、まるで息をしているかのように白く輝いていた。流れる布の表現も、作り物とはとても思えない。女性は涙を浮かべているのだが、その涙も今にも頬を流れ落ちていきそうだと感じた。出品された途端、やかましい会場がしんと波を打ったように静まり返ったほど。みな、息を呑んでいた。
「もしかしたら本物の人が、魔法で石にされちゃったのかも」
僕は誰かに聞かれちゃいけないことのように囁く。少女は咳をしてから、やはり僕に笑いかけた。
「それ、買ったの?」
「まさか! ウン百万って値段であっという間に売れちゃったよ。どっかの金持ちに」
「だって、もしそれが本当なら、元に戻してあげなくちゃあ」
僕は少女を見る。痩せこけた首と青白い肌を見る。他人から見ればちっぽけな少女かもしれない。だけど僕は彼女のこういうところが好きだった。
「うん、そうだね。いつか買い戻してあげなくっちゃ」
「お金持ちにならなきゃいけないね」
「うん、そうだ。財宝を掘り当てよう」
そうして僕らは古ぼけた世界地図を広げる。パリパリと乾いて黄ばんだ羊皮紙が音を立てて、注意深く広げないと破けてしまう。色だって褪せてしまって、国名を記した文字も掠れて読めない。だけど僕らはこの地図が好きだった。
「ここ、砂漠だね」
僕は地図の中の広い一角を指差す。彼女は顔を近付けて目を凝らした。
「砂漠にも人は住んでるの?」
「そりゃ、そうさ。オアシスの周りにね」
「きっと素敵なところなのね。月がよく見えて、ラクダに乗って歩くのね」
「いや、そんないいとこでもなさそうだよ。昼間は焼け殺されそうに暑いし、夜は凍え死にそうに寒いらしい。砂嵐だってあるだろうし。いろいろ大変だ」
「でもきっと、この街よりは素敵なんだわ」
彼女は遠くを見ていた。視線の先には幾本も高くそびえた工場の煙突が、休むことなく凶悪な煙を吐き出すシルエットしか見えない。だけど彼女の目は澄んでいた。オアシスの水を見ていた。
「あの人は何を祈っていたんだろう」
ぽつんと呟いてみた。砂漠の祈り。一体何を祈っていたのだろう。涙を流しながら。
彼女は返事をしない。代わりに小さく咳をした。

いま思えばあの石像の横顔は、彼女のものと少しだけ似ていた気がする。きっと砂漠の祈りは、煙の街の祈りと似た性質のものだったんだろう。あのとき夢を語り合った少女は死んだ。真っ黒い痰を吐いて。去年のことだ。僕は未だこの街に生きている。「いつか出てやる」と心に固く決めながら。

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