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18.愛してる/77.街灯とシルクハット

雨が、降っている。 音の無い雨が。 夜の闇の中で、地面を叩く水飛沫だけが白く光って見える。霧のような雨。サッとよぎったヘッドライトの中に雨糸が多く見え、音で聞くよりずっと降っているのだということが分かる。ごく静かな飛沫を立てて車が通り過ぎて行くと、いつの間にかそこに令嬢が立っていた。そう、令嬢、と呼ぶのがふさわしい。絹のリボン。上品なドレス。輝く金髪。だけどそれも皆、雨に濡れてしまっている。傘もささず、令嬢は歩いている。霧雨の降る夜の街を、一人で。どこか暗い表情で。
ふと令嬢は足を止める。霧の向こうでくすぶ明かり。街灯の下に、誰かが立っている。やはり傘はさしていない。目深に被ったシルクハットのせいで顔は見えないが、口元に覗く髭が白いことから若くはないだろうということがうかがえる。黒い礼服に身を包んだ紳士は令嬢の姿を目に留めると、軽く頭を下げた。令嬢は微笑む。
「殺し屋ですか?」
「ええ、殺し屋です」
辺りに人の気配はない。静まり返っている。車すらも、こんな時間ではなかなか通らないだろう。
「如何して、分かったのですか?」
「さあ、如何してでしょう…なんとなく、分かってしまうものなのです」
令嬢は僅かに唇を歪める。紳士の表情はやはり見えず、ただ口調は酷く落ち着いていた。令嬢は覚悟を決めるかのように目を閉じ、深く息を吐き出した。指先が震えている。寒いのか、それとも。
「一つだけ、お願いがあります」
「…なんでしょう」
紳士は僅かに目を上げた。意外に思ったのだろうか。きらりとシルクハットの影で、青灰色の瞳がきらめく。
令嬢は目蓋を上げた。ぱちん、と音のするほどの勢いで。令嬢の目には大粒の涙が浮かんでいた。
「『愛してる』、と、伝えてもらえませんか」
彼に。私の、彼に。不躾な願いだと分かっていながら、つうっと令嬢の頬を涙が滑り落ちていく。見る間に雨と混ざって分からなくなっていく。声を震わすこともなく、きれいに令嬢は泣いている。紳士は一度だけ瞬きをした。
「…いいでしょう」
ありがとう、と令嬢は言う。そして流れる涙はそのままに、微笑を浮かべた。
黒光りする拳銃が、霧雨の中に差し出される。そのときは、意外にあっさりと。別れの言葉もなく。訪れる。
パシュッ
消音機付きの拳銃の弾が、一撃、見事に心臓を貫いた。ぐらりと体が揺れ、崩れ落ちる。
ぱしゃん、と水たまりの上に、シルクハットが舞い落ちた。
令嬢は拳銃を片手に、それを拾い上げる。
「…おやすみなさい」
殺し屋の令嬢は泣きながらそっと呟いて、シルクハットにキスをした。たったいま出会った紳士と、死んでしまった恋人のことを想いながら。
雨が、降っている。音の無い雨が。

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