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11.メメント・モリ/50.ウソツキ

彼は名を、死、と、いう。いつどこで誰が名付けたのか? 自ら名乗ったのか? 誰にも分からないけれど彼の名はその国の言葉で「死」を意味する単語だった。誰も直接呼びはしないが、人々は陰で囁き合い、人々の中で彼はすでに死そのもののようだった。
見た目はごく一般的な黒髪の青年だ。特徴と言えば少し猫背で手が大きいことくらいか。しかし彼のその両の掌には黒い穴が空いている。穴、とはいうが手の甲を見ると貫通はしていない。見ていると微かに渦巻いているような、目の回るような、吸い込まれそうにもなる穴。彼がその掌で生き物に触れる。例えばネズミ。犬、牛、象。大きさは関係ない。その掌に触れられた生物は一瞬で絶命する。一瞬、だ。それも、撫でるだけで。殴ったり毒を出したりしているわけではない。愛でるように触れる、たったそれだけで全ての生き物を殺せる。もちろん、人間も。
生物たちは本能的に彼を畏れて近付かなかった。人間たちも当然彼のことを忌み嫌う。遠巻きにする。いっそ殺してしまえと刃を向ける。
「だけどわたしは、あなたのこと嫌いじゃあないわ」
だけどとある少女は、彼に向かってこう言ってみせた。それどころか平然と近付き、背の高い彼に寄り添うようにすとんと腰を下ろしてもみせる。丸まった背に温もりを感じた。彼はちらりと少女を見やる。ちっぽけな少女だった。特別美人というわけでもない。ワンピースから覗く腕は痩せすぎているくらいで、魅力的でない。真っ直ぐな髪も毛が細く、指通りが良すぎて上手く梳くこともできない。
「ううん、むしろ好き」
少女はつんと鼻を上向けながらうそぶく。好きなんて聞き慣れない言葉を贈られて彼の漆黒の瞳が僅かに見開いたように見えた。
「こわくないんてない」
彼は少女の頭の形がとても美しいことに気付く。真ん丸で、片手で鷲掴めそうなくらい、小さい。彼好みだった。
「ともだちになれると思うわ」
ともだち? 少女の甲高い声が彼の中に響き渡る。ともだち? 何度も、何度も。
少女は細い膝を抱いて座り込んでいる。彼と背中合わせに。しゃん、と肩甲骨が見えるくらいきちんと伸ばした背を、彼に向けて。彼は少女に手を伸ばした。そっとその掌で、顔面を、覆うように。
少女の顔に影が落ちる。
彼は少女が喉の奥で小さく悲鳴を上げるのを聞いた。
「---ウソツキ」
彼は少女の耳元でうっそりと呟く。牙を剥き出しにして微笑む。彼の掌は少女の体に触れることはなく、ただ後ろから首に腕を回しただけだった。抱きしめるみたいに。
少女は言葉もなく震えている。その横顔は紙みたいに真っ白だった。
彼は嗤う。皆が嫌うものを好きと言ってみたい時期の子供のことを。怖がる人間ほど「怖くない」などとのたまうことを。そんな酷くちっぽけな器の少女を、心から愛しいと思った。愛の言葉を囁きながら両の掌で彼女の全身を撫でてやりたいと思った。

彼は、人間を愛していた。全ての生き物を愛していた。どんなに世界が残酷でも、それだけは確かなことだった。彼は腕の中で震える少女の耳に口づけをする。あ、と、少女の乾いた唇から声が漏れた。

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