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1.花束とピストル/99.ロウソクを灯して

ボ、
暗闇に淡い光が灯った。 炎はジジジと芯を焦がして微かに唸る。一本の白いロウソク。簡易な手持ちの燭台に立てられ、早くも蝋を滴らせている。ゆらり。ゆらり。熱を発しながら炎が不安定に揺れる。灯りをつけた人物は、階段を上がっているようだった。革靴を履いているはずなのに何故か、足音がしない。
男は扉を開けた。荘厳な扉のようだが暗くてよく見えない。それに、蜘蛛の巣も張っているようだった。
室内もやはり明かりは灯っていない。しかし、気配はある。目を凝らすと、何かが闇の中で蠢いている。おぞましい気配。
「誰だ?」
男が灯火で照らし出すと、その人物は眩しそうに手を翳した。
かなりの巨体である。でっぷり太って、腹の肉が撓んでいる。身動きすら億劫そうだ。何を如何したらそんなに肥えるのか。シルクの上着を身につけ、豪奢な宝石を体に巻き付けて着飾っているが、その胸元には何かの食べカスが大量にこびりついている。巨体の、屋敷の主人は光を嫌がって首を振った。顎が何重にも弛み、顔中に汚らしい出来物がある。鼻だけがピンと鋭く上向いているので痩せていて若い頃ならばまだ見れた顔だったのかもしれないが、今は顔を背ける者がほとんどだろう。
主の衣服は乱れている。見るに堪えない肉が溢れ出している。その肉に下敷きになるようにして、ベッドに女が横たわっていた。髪の毛で表情は見えない。縄できつく両手をベッドに縛り付けられている。裸だ。
「どこから入った? 使用人はどうした?」
鼻息を荒くした主---いや、鼻息は元から荒いのかもしれない---に尋ねられ、男は目を細めて微笑んだ。
「いやだなあ、あなたがみんな殺してしまったんでしょう」
そうか。そうだったなと主は呟く。
「最後に残ってたメイド、あれは惜しいことをした。もう少し残しておけばよかった。声がかわいらしかったのだ、そこが気に入ってた。でも言うことを聞かないものだからつい、こう、…絞めてしまった。細い首だったので簡単に折れてしまったよ。」
だけどその今際の叫び声もやはりかわいらしかった---と、主は口の端から涎を垂らした。男の表情は微笑を湛えたまま動かない。
「じゃあなんだ? お前が新しい使用人か? 何の用だ?」
「ええまあ、そんなところです」
お祝いにやってまいりました。
男はそう言ってばさりと花束を主人に向かって差し出して見せた。中心に咲く白い花が大きく目立ち、あとは黄色や橙の色した細かな花と緑の葉。ユリの独特な匂いが室内を満たす。
主人は首を捻った。肩と顎が一体化してどこが首だか最早分からないが、とにかくそんな動作をした。
「今日は何の日だ……? 誕生日だったかな……? 私の……? そんな気もしてきたな…」
しかしそんなことはどうでもいいことだったらしい。主はベッドから降りることなく男に命ずる。
「花束など要らん、そんなことより食事を持って来い、どうせ祝うならとびきり豪華なやつだ、子牛の丸焼きソテーがいいな」
男は動かない。
「そんなこと言わずに祝わせてくださいよ」
不自然なほど、男の表情は動かない。笑みが仮面のように顔面に貼り付いている。
「あなたの命日をね」
バンッ
突然発射音が耳を劈いた。花束の真ん中から硝煙が漂っている。
「?」
主は何が起きたか理解出来ていないようだった。その出っ張った腹から、どくどくと赤いものが滴っている。
バンッ バンッ
構わず男は花束の奥に仕込んだピストルの引き金を引く。一発は心臓を。一発は開いた口の中を貫き、頭蓋骨を砕いた。どぴゅーと血を吹き上がらせて巨体は後ろ向きに音を立てて倒れた。ロウソクの明かりの外でその頭はビクンビクンとまだ痙攣しており、体の大きさに見合った多量の血が床を汚していく。生温かいそれの上に、男は花束を落とした。花びらが舞い落ち、白いユリがさっと染まる。
「お前に贈る花なんてねえよ、ブタ野郎」
男はそう呟いた。
それから男は、ベッドへと足を向ける。縛りつけられている裸の女性。彼女に手を伸ばそうとしたのだが---。
「………」
男は不意に踵を返した。扉の前まで戻り、落ちた花を拾い上げる。赤いユリだった。それを一輪、女性の胸元に乗せる。
男は黙って十字を切った。

再びロウソクの明かりが、階段を降りていく。生きる者のない屋敷を、男は後にする。やはり、足音も立てずに。

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