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28.さよならのキス/66.そっと触れる

じゃあ、と彼女が遠慮がちに足を止める。 その声に俺は振り返った。森の入り口。佇む彼女。昼間だというのに暗く、 生い茂った葉は仄かに青のような、銀のような色に見える。垂れ下がる蔦は執拗に視界を遮り、頑ななほど訪問者を拒んでいる。古い魔法の木々。森と彼女。彼女が目印をつけていてくれなければ俺は、まともにこの森を歩くことだって出来やしない。
「また、逢えるといいですね」
彼女はそんな曖昧な言い方をして微笑む。この四季ごとに移動する不思議な森は、一年ごとに大体同じ場所へ戻って来るがそれも正確ではなく、また、森が気まぐれを起こさないという確証はない。もう一度逢える保証なんて、どこにもないのだ。
ぴくん、と赤銅色の耳が僅かに動く。そのふわりとした毛並みに、触れられたらどんなに良いだろう。指通りの良いその髪に触れ、藤色のマントごと、抱きしめることが出来たら、どんなに。
「…ああ」
だけど俺はそう返すことしか出来ない。弱虫め、と小うるさい友人に罵られる自分が容易に想像出来た。俯く。目も見れない。湿気を含んだ地面は微かに震え出していて、別れの時が近いことを示している。
彼女が俺の名を呼ぶ。唇から放たれた言霊が七色に発光しながら蛍のように落ちていく。はっと目を上げた。柔らかな力で腕が引かれ、つま先立った彼女の顔が近付いてくる。閉じた睫毛の震えまで、はっきりと見て取れる距離になってからようやく俺は、目を瞑った。格好悪いくらい、強く。
そっと触れる………。
恐る恐る、片方ずつ目蓋を上げる。眼下にぱっ、と、薄紫が広がっている。唇に瑞々しい、花弁の感触。彼女の口と俺の口との間に、一輪の花が咲いている。アネモネの花を持った彼女は悪戯っぽく目を細めた。珍しく、目を開けている。森の葉と同じ蒼い瞳がきらきら、夜空のように光っていた。
「さよなら、」
彼女が言う。俺は返事をしなかった。

花一輪だけを握り締めて帰ってきた俺に、友人はやっぱり「弱虫め」と言った。いつもなら何事か言い返すところだが、今度ばかりは俺自身、その通りだと思っていた。

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