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22.三日月の調べ/11.メメント・モリ

夜空に、切り傷のような月が浮かんでいる。 雲がかかり、星は見えない。夜の海。寄せては返す、波の音が、怪物の唸り声みたい。蠢く、真っ黒い水平線。昼間は透き通った青だったなんて、とても信じられない。岸辺は見えない。首をぐるりと回さないと、見えない。視界はほとんど黒い海。そして三日月。風はない。凪いでいる。そら恐ろしい風景だと思った。残酷な風景だ、と。
月の道が伸びている。いや、錯覚だろう。満月ならば、その月明かりを水面が反射して、道のようになることはあるけれど、いまは三日月。私だけの錯覚。
あの三日月から、旋律が聴こえてきている気がする。耳を澄ませ。微かな旋律。爪弾く。途切れ途切れの。美しい音色。知っている音。知っているメロディー。不意に、鮮明に、目蓋の裏に彼の指先が浮かんだ。目を閉じて、魔法のように。爪弾く。金色の琴。そうだ、あれは竪琴の音色だ。
私は海へと足を踏み出した。冷たい。纏わりつく黒い海水。足の裏に、寄せて返す砂の感触。足首。膝。太股。腰。ざぷん。ざぷん。躊躇いなく入っていく。白いワンピースの裾が海中でふわりと漂っている。
怖くはなかった。彼の音色が導いてくれる。真正面の目上に浮かぶ、あの三日月を目指した。
神話の世界では、竪琴の青年が恋人を黄泉の国に迎えに行くと言うが、私は逆だ。それに決して、振り返ったりはしない。想いは全て、置いて来た。
撫でるような優しい旋律。私の好きだった曲。子守唄にいつも弾いてくれた。ゆっくりと、印象的で、短い小節を繰り返すだけだけど、とても好きで。泣いてしまいそうになる。もう一度隣で聴きたい。彼の憂いを帯びた微笑が、見たい。
ふつっ…
突然旋律が途切れて、私は立ち止まる。耳を澄ませるまでもなく辺りは音を失っている。どうして? 私は見上げる。その夜空に、切り傷がどこにもない。流れる、厚い雲に覆われて、見えなくなってしまった。私は口元を抑えた。嗚咽が漏れる。泣いた。泣いて、泣いて、枯れるまで泣いて、海の水かさが増した。
「だめだよ」
そう、言われているような気がした。彼に。それが、つらかった。迎えに行かせてよ。どうか。きっと、連れ帰ってみせるから。

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